独立行政法人労働者健康安全機構 九州労災病院

脊椎外科

腰椎椎間板ヘルニア

当院では頸の痛み、腰の痛みからヘルニア、脊柱管狭窄症、脊椎、脊髄腫瘍まで脊椎の病気に対して幅広い治療を行っています。外来では手術以外の治療でお薬、リハビリ、ブロックの治療を行っていますが、これらの治療が残念ながら効果がなく紹介されて来られる方も大勢いらっしゃいます。

その中でも頻度の多い腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、頚椎症性脊髄症、頚椎椎間板ヘルニアは手術症例も豊富で、年間200例を数えます。

はじめに

腰椎椎間板(ようついついかんばん)ヘルニアは、仕事に家事にと大変多忙な人たちに起こることが多く、それによる足の痛みのために日常生活を大変困難にします。通常、安静、痛み止め〔消炎鎮痛剤〕、ブロック、牽引(けんいん)などの手術以外の治療〔保存的治療〕を行いますが、なかなか治らない方に限り、手術を行います。一般的には、麻痺がある場合や3週間の保存的治療で治らなければ手術、とされていますが、とてもひどい痛みの場合は3週間も待てないこともあり、早めに手術に踏み切ることもあります。

手術するに当たり、椎間板ヘルニアとはどんなものか、その手術とはどのようなものか、どれくらい治るのか、またどんな危険があるのか、についてご説明したいと思います。

椎間板ヘルニアとは

背骨〔脊椎〕と背骨の間にあるクッションが椎間板です。これは饅頭の皮みたいな硬いもの〔線維輪(せんいりん)〕とその中にあるアンコみたいな柔らかいもの〔髄核(ずいかく)〕から成り、この髄核が線維輪(せんいりん)を破って出てきたものがヘルニアです。線維輪を破った最初は腰痛を起こすことが多く、いわゆるぎっくり腰と同じような症状を出すことがありますが、やがて、髄核が完全に出てくると足へと向かう神経の根っこ〔神経根(しんけいこん)〕に当たり、ここで強い炎症を起こします。そのため、足へと響く痛み〔神経痛〕を起こすのです。ですから、この飛び出た髄核を取れば痛みがなくなるわけです。

椎間板ヘルニアとは

ヘルニアを取る手術について

実際の手術はどのようなものか、と言いますと、まず全身麻酔のもと、うつ伏せに寝ていただきます。背中に約10cmの傷をつけ、そこから背骨の後ろの部分を出します。ここで、背骨と背骨の間にある窓を少し削って広げ、奥にある神経を少しよけます。するとその向こうにヘルニアが見えてきますので、これを取り、またその予備軍となる奥の椎間板も少し取ります。あとはバイ菌がつかないように充分に清潔な水で洗い流したあと、縫合して終了です。だいたい1時間ほどで終わります。

手術後は仰向けで安静ですが、看護師の介助で横を向くことも出来ます。手術後の傷の痛みは、手術中に強い痛み止めを使うなどしており、かなり少ないはずですが、それでも痛むときには少しでも痛まないように坐薬などを使っています。実際には、今まで痛かった足が楽になった、と言われる方が多いようです。

手術翌日には背中にいれていた管〔中に血が溜まらないように〕を抜き、コルセットを着け、歩いて頂いています。1週間ほどで抜糸〔今はホッチキスみたいなもので縫っています〕し、その翌日(月・木曜日)には入浴指導があり、これが終われば退院です。

退院後、2週間後くらいに外来に来ていただき、調子が良いことを確認できればコルセットを外し、身体の曲げ伸ばしも自由となります。仕事は、事務的なものであればその頃から可能ですが、重いものを持つなど身体を使う仕事の方は、身体が硬くなっていますので、曲げ伸ばしの体操をし、またもう少し体力を戻してから、ということで、手術後約2か月で可能となる見込みです。性生活もこのころから可能となります。

どれくらい治るのか

手術を受ければ元通りになる、と誤解されている方が多いのですが、実際はそんなことはなく、やはり後遺症というべきものが残ることが多いのですが、この手術では問題となるような症状が残ることはあまりありません。残りやすい症状は、足のしびれ、腰の痛みです。足のしびれは、完全に取れる人から、指先だけ少し残ると言う人、手術前とあまり変わらず残った人と様々ですので一概には言えませんが、ある程度は軽くなることが多いようです。残ったとしても、そのせいで歩けない、動けない、仕事が出来ない、ということはまずありません。もともと椎間板が悪くなるのは年齢とともに誰にでも起こることなので、それにともない、ヘルニアがなくても腰の痛みに出会うことは多くなります。そういう意味で、ヘルニアの手術をしたからといって、今後腰痛に出会うことがなくなるわけではない、ということです。今が0点、完全に治ってどこもしびれず、どこも痛くない、何でも出来る、というのを100点とすると、手術を受けた方の平均点は80点以上です。無理をしたり中腰を続ければ多少腰が痛む、足のしびれや力の弱さが少し残った、そんな程度の方が80点くらいです。ですから、100点満点とは行かないまでも、ほとんどの方が元の仕事に戻っています。

手術の危険・合併症について

手術でも薬でも、身体に何かを行えば、何らかの合併症の可能性は避けられません。特に手術は、医学が進歩した今でも、やはり危険なものです。その合併症とは、(1)麻酔に関するもの、(2)出血・輸血に関するもの、(3)手術操作によるもの、(4)手術全般の合併症、などがあります。それぞれについて、ご説明します。

麻酔について
殆どの場合、出血量は100g程度ですから、献血で400g取ることを思えばそれほどの出血ではないことがおわかりいただけるかと思います。しかし、手術ですから、神経のそばには血管も多く、思いのほか手術が難航して長引き、あるいは椎間板の奥には大きな血管があり、これを損傷する、などの危険はあります。そうなると輸血を必要とするほどの出血を生じる可能性が出てきます。これまでにこの手術で輸血をしたことはありませんが、決してこれからも保証されているわけではありませんので、全く可能性がないとは言えないということです。
手術操作によるもの
手術は神経のそばで行われ、実際神経をよけるわけですから、神経を触らないわけには行きません。そのため、手術後に足のしびれが出たり強くなったり、足の痛みがかえって強くなったり、足の力が弱くなったりすることもあります。このようなことは起こらないことが多く、起こっても殆どの場合、回復しますが、若干の後遺症が残ることもあります。また稀には、手術したところに血が溜まって神経を圧迫し、足が麻痺してくることがあります。殆どの場合、24時間以内に生じ、これが起こった場合には急いで傷を開け、その血の塊を取り除くことで回復します。
手術全般の合併症

【感染】
手術をすれば、それがどの部位でも細菌が入りますので、感染の危険が伴います。椎間板ヘルニアの手術ならば、化膿性椎間板炎や化膿性髄膜炎(ずいまくえん)が起こる可能性があるということです。それを避けるために手術を清潔に行うことはもちろん、予防的に抗生物質を点滴します。これまでにこの手術で感染が生じたことは一度だけで、この方の場合は皮膚の病気のためホルモン剤を飲んでおり、ほかにも悪条件が重なっていました。

【肺梗塞(はいこうそく)】
手術中から手術後は、足を動かすことが少なく、血液の流れが悪くなり一部塊(血栓けっせん)を作ることがあります。手術後動き出すとこれが血の流れに乗って肺に流れ、肺の血管を詰らせることがあります。これが肺梗塞(肺血栓)で、命にかかわる重大な合併症です。腰椎椎間板ヘルニアの手術を受ける方は比較的若く、また早くから足を動かすことができますので、このような合併症は起こりにくいのですが、100%起こりえないとは言えません。この予防にはやはり、手術後から少しずつ足を動かしていただくことが大切です。

将来について

術後ある程度の期間が経過すれば日常生活には制限はありませんので、仕事、スポ-ツ〔あまり激しいことは避けていただきたいのですが〕、趣味と、好きなことをしていただいてよろしいと思います。ただ、ヘルニアは再発〔同じところに出ること〕することがあります。確率としては数%ですから、殆どないことではありますが、早い場合は手術後まもなく、あるいは何年か経ってから起こることもあります。再発の場合、周りが癒着(ゆちゃく)しているため薬などでは治りにくく、多くの場合は再手術になります。手術も大きな手術になることが多く、これが手術の欠点のひとつでもあります。