がん(悪性腫瘍)と癌の違い
腫瘍とは「できもの」のことです。腫瘍には良性と悪性があります。悪性腫瘍は、細胞分裂の際に遺伝子の複製エラーが生じ、細胞分裂が無秩序に行われ、細胞の増殖がコントールできなくなったものをいいます。遺伝子の複製エラーの原因は、機械的刺激(入れ歯の刺激による舌癌発症など)、発癌物質の曝露(アルコール・喫煙など)、放射線被曝(甲状腺癌など)、ウイルス感染(EBウイルスによる上咽頭癌、HPVウイルスによる中咽頭癌)等があります。
がんと癌は同じ意味なのでしょうか。癌は悪性腫瘍のうち、外胚葉由来の細胞が増殖したものを言います。外胚葉とは、体の外に面した部分の組織で、皮膚や粘膜など上皮に相当します。上皮は常に外界からの病原菌や刺激にさらされており、細胞分裂が他の部位よりもさかんに行われています。細胞分裂の回数が多ければ多いほど複製エラーの生じる可能性が高い(原本を使わずコピーにコピーを重ねた場合画像がどんどん劣化することを想像してみてください)ため、悪性腫瘍の中では圧倒的に癌の占める割合は高くなっていますが、ごく希に筋肉や骨から悪性腫瘍ができることもあり、その場合は癌とよばずに肉腫・骨肉腫などと区別します。つまり、がん=悪性腫瘍⊇癌=上皮性悪性腫瘍という関係です。
TNM分類と病期(ステージ)について
がんを患った方との会話で、「自分のがんは4段階のうちの2段階目だった」などの話を聞いたことがある方もおられると思います。この4段階というのは、病期(ステージ)のことだと思われます。病期は1~4まであり、ステージ1が一般的に「早期癌」と呼ばれるもので、ステージ2以上は「進行癌」と呼ばれます。
このステージはどのように決まるのでしょうか?各国で基準がバラバラにならないように国際対がん連合(UICC)という国際組織がTNM分類を定めています。TNM分類というのは、
- T:腫瘍の大きさ
- N:リンパ節転移の数・大きさ
- M:遠隔転移の有無
という3つの要素の組み合わせで病期を決定するものです。TNM・病期はがんの種類によって個別に定められていますので、腫瘍の大きさが同じでも病期が同じとはかぎりません。ちなみに遠隔転移(M1)があれば病期はIVと最も進んだものになります。また、リンパ節転移であっても、所属リンパ節(Tの周囲のリンパ節。頭頸部腫瘍であれば頸部リンパ節)以外のリンパ節転移であった場合は、Nでなく、遠隔転移(M1)に分類されます。また、TNM分類は定期的に更新されており、2016年に制定された第8版が最新です。
頭頸部のがんの種類
頭頸部のがんは下記のようなものがあります。その殆どは扁平上皮癌です。
- 口腔癌(舌癌、口唇癌、歯肉癌、頬粘膜癌、口腔底癌)
- 上咽頭癌
- 上咽頭癌
- 下咽頭癌
- 頚部食道癌
- 喉頭癌
- 唾液腺癌
- 鼻・副鼻腔癌
- 外耳・中耳癌
- 原発不明癌頚部リンパ節転移
- 悪性リンパ腫(血液悪性腫瘍を参照してください)
- 甲状腺癌(別項目に記載)
口唇および口腔癌について
口腔とは舌を含む口内を示す部位名です。軟口蓋・舌後方1/3、口蓋扁桃などは口腔よりも後方にあり、中咽頭に分類されます。
口腔癌の分類
口唇癌・ 舌癌・ 歯肉癌・ 頬粘膜癌・ 口腔底癌
検査・診断
視診・触診・生検・CT・MRI・PET
【舌左縁の潰瘍を伴う舌癌】:触診では硬結を触れる。
治療
口腔癌のほとんどは扁平上皮癌であり、外科的切除が第1選択です。舌などの嚥下に関わる癌の場合は、欠損が大きくなると嚥下障害を来す可能性があり、皮弁(体の別の場所から組織を移植してくること)による再建や、嚥下防止のための手術(喉頭挙上・輪状咽頭筋切断・気管食道分離・喉頭全摘)を行う場合があります。放射線治療を行う場合には、照射前にう歯の抜歯が必要です。抜歯を行わずに放射線照射を行うと、放射線性下顎骨壊死を起こす可能性があります。
唾液腺癌
唾液腺は大唾液腺(耳下腺・顎下腺・舌下腺)と小唾液腺(口腔内粘膜下の唾液腺)に分けられます。耳下腺腫瘍は87%が良性で悪性はわずかに13%であるのに対し、顎下腺は42%が悪性、小唾液腺も55%が悪性と注意が必要です。また耳下腺腫瘍で最も頻度の高い多形腺腫は良性腫瘍に分類されますが、放置しておくと癌に変化する可能性があるため、手術を行った方がよいと考えられています。
自覚症状唾液腺癌
- 耳下腺癌:耳下部腫瘤、顔面神経麻痺
- 顎下腺癌:顎下部腫瘤
検査
視診・触診・エコー・穿刺吸引細胞診・CT・MRI・PET・耳下腺・顎下腺腫瘍は、エコーが特に有用です。腫瘍の内部の均一性・腫瘍と正常唾液腺の境界の明瞭度などでおおよそ良性か悪性か判断でき、エコー下の細胞診でさらに良悪性の正診率が向上します。耳下腺腫瘍で顔面神経麻痺がある場合はほぼ悪性と考えられます。
【耳下腺癌の造影CT所見】:赤丸の部分に造影剤で増強される腫瘍を認めます。
治療
唾液腺腫瘍は良性・悪性とも手術が第1選択です。術後の再発予防に放射線照射や化学療法を追加する場合があります。
咽頭癌・喉頭癌について
部位の命名について
咽頭は上から上咽頭(鼻腔後方)・中咽頭(舌後方1/3・軟口蓋より後方)・下咽頭と定義されています。喉頭は俗にのど仏といわれ、下咽頭の前方にあたります。
上咽頭癌は、EBウイルスとの関係が深く、中咽頭癌は、HPV(ヒトパピローマウイルス)との関係が深いと言われています。喫煙・飲酒は喉頭癌・下咽頭癌・食道癌の危険因子です。
診断
喉頭ファイバー、頸部エコー、穿刺吸引細胞診、CT、MRI、PET
【舌左縁の潰瘍を伴う舌癌】
触診では硬結を触れる。
【下咽頭癌のファイバー所見】
輪状後部(声帯の後方)に白色の腫瘍を認めます。
【喉頭癌の喉頭ファイバー所見】
向かって左(患者様からは右)声帯に隆起性病変を認めます。
咽頭癌・喉頭癌の治療
咽頭癌・喉頭癌のほとんどは扁平上皮癌で、部位・進行度毎に治療方針が異なります。
上咽頭癌:鼻の一番奥のつきあたりに相当する部位の癌です。症状としては鼻出血、滲出性中耳炎、側頚部のリンパ節腫脹があります。EBウイルスとの関係が深く、腫瘍細胞もEBV陽性のことが多いです。原発不明癌の頸部リンパ節転移症例の原発巣の可能性もあります。放射線・化学療法に反応が良好なことから、放射線化学療法が中心です。頸部リンパ節転移がある場合には、頚部郭清術を行う場合があります。
中咽頭癌:早期であれば内視鏡手術や放射線化学療法、進行した場合は外切開手術の適応となります。
喉頭癌・下咽頭癌:喉頭は発声器官として知られていますが、本来は食物が気管・肺に誤嚥されるのを防ぐ弁として発達してきました。従って喉頭に癌が浸潤した場合、早期は嗄声が出現し、次第に食事を誤嚥してしまうようになり、最終的には窒息してしまいます。早期癌であれば喉頭直達鏡手術や放射線治療で喉頭の発声機能を温存して治療を行います。進行癌の場合、喉頭全摘が必要になる場合があります。下咽頭癌の場合は、癌が喉頭に浸潤するまで症状が出現しないことがあり、多くは進行癌の状態で発見されます。そのような場合は、喉頭全摘だけでは不十分で、遊離空腸や胃管による咽頭再建が必要になります。喉頭全摘を行った場合は音声によるコミュニケーションができず、身体障害3級となります。アンプリコードと言われる髭剃りのような器具を頸部にあてて発声するか、ProvoxR という器具を食道・気管の間に留置することで発声が可能となります。